企業において他社と契約や取引をする際には、一般的には企業間で契約書を交わすことが望ましいとされています。

しかし、実際の企業活動の中では、契約書の重要性を理解していなかったり、取引のスピードを優先するために、契約書を作成せずに取引を始める場合もあります。あるいは、契約締結時から合意内容を変更するにもかかわらず、その変更内容を書面で合意しないまま、取引を続けたりすることも少なくありません。

口約束の危険性

法律上、保証契約など一部の例外を除き、契約は口約束でも成立します。

しかし、口約束だけで成立した契約は、合意内容が明確になっていないため、「依頼したものと違うので受け取らない」、「これは、当初の契約に含まれているので追加費用は払わない」といったトラブルにつながりかねません。納期や仕様、価格や責任の範囲が曖昧なまま取引を続けていると、効率的な業務運営が損なわれるだけでなく、多額の損害を被ったり、自社の信頼を損なったりすることもあります。

ここでは、中小企業で契約業務に携わっている方向けに、①契約書を作成する意義、②弁護士に契約書の作成・確認を依頼する意味、③弁護士に契約書作成を依頼する時のポイントについて説明します。

①契約書を作成する意義とは?

契約書の最も重要な役割は、当事者間の合意内容を明確にすることです。

どのような仕様の製品なのか、どのような品質の材料を使うのか、代金はいくらで支払時期はいつなのか、いつ・どこに製品を納入するのか、製品の所有権が移転するのはいつなのか、製品やサービスに不具合があった場合どちらが責任を負うのか、このような項目を明確に契約書で定め、双方が合意しておけば、安定した取引を行うことが可能で、取引先から無理な要望を受けた場合でも、契約を根拠にこれを拒否することができます。

契約トラブルを未然に回避できる

また、取引期間中に何らかの問題が発生した場合、責任の所在が契約書で明確に定められていれば、その契約に従って、発生した問題に対処することで足ります。

しかし、責任の所在があいまいな場合には、そうはいきません。お互いが取引先の責任を追及し、自社の責任を免れようとすることが想定されます。そうなると、両社の関係は悪化し、時に裁判などの深刻な対立につながります。取引先との裁判は、その対応に膨大な時間と手間を要するだけではありません。業界内で自社の信用が失墜すれば、会社の経営に深刻なダメージを与える可能性もあります。

口約束は水物になりがち

さらに、両社の担当者が口約束で合意して取引を行っている場合、その担当者がいる間は問題なく取引が行われていたとしても、担当者が交代することで「約束」の解釈に変更が生じ、想定していなかったトラブルに発展する可能性も否定できません。

必要事項が明確に定められている契約書があれば、担当者が変わっても、従前と同じ内容で安定的な取引を続けることが可能となります。

②弁護士に契約書の作成や確認を依頼すると?

インターネットで検索すれば、数多くの契約書のひな型が掲載されているので、弁護士に依頼しなくても契約書を作成すること自体は可能です。

しかし、その契約書の内容や契約条項が持つ法的な意味を正確に理解できないまま、ひな型を用いて契約書を作成すると、取引実態に合わない内容や、過剰な責任を負わされる内容の契約書になる危険性があります。

また、必要な条項が欠落していることで、何のために作成した契約書なのか分からなくなってしまう可能性もあります。

形だけの契約書では不十分

契約書のひな型は、汎用性の高い一般的な内容になっているのが通常で、契約の対象となる当該取引の特殊性や、自社と取引先との取引実態といった個別事情を反映した内容にはなっていません。そのため、当該取引における合意内容を明確にする、という契約書本来の役割を果たしえない契約書になってしまうというのが実態ではないでしょうか。

これに対し、弁護士が依頼を受けて契約書を作成する場合、取引の実態や想定される問題点、依頼者が懸念している事項などを聞き取り、それらに対応したオリジナルの契約書を作成します。そのため、ひな型をそのまま用いた契約書とは異なり、取引実態に即した、かつ、可能な限り自社に有利な内容の契約書を作ることができます。

弁護士の作る契約書は限りなく依頼者に有利

契約は、立場によって定めるべき内容が異なってきます。そのため、弁護士は当該契約における依頼者の立場を踏まえ、依頼者にとってできるだけ有利な内容となる契約書を作成します。

例えば、企業間の取引でよく締結される「秘密保持契約」を例にとって説明すると、情報の受け手となる場合には、制限の対象となる「秘密情報」の範囲をできるだけ狭くする方が有利になることが多いです。かたや、情報の出し手となる場合には「秘密情報」の範囲をできるだけ広くする方が有利になることが多いです。

また、情報漏洩にともなう損害賠償義務を定める場合も、情報漏洩をする立場となりうる情報の受け手にとっては、賠償の対象となる「損害」を狭く捉えるほうが有利です。一方、情報を漏洩される立場となりうる情報の出し手にとっては、「損害」を広く捉える方が有利となります。

取引先から提示される契約書にはリーガルチェックが有効

企業間の取引では、自社が契約書を準備する場合だけでなく、取引先から契約書を提示されることも少なくありません。このような場合であっても、契約を締結する前に、弁護士による確認(リーガルチェック)を受けることが重要です。

前述のとおり、契約は立場によって定めるべき内容が異なります。そのため、取引先から提示される契約書は、取引先にとって有利な内容になっていることが多く、そのことに気づかないまま契約を締結すると、知らず知らずのうちに自社に不利な契約を締結したことになってしまいます。

弁護士のリーガルチェックを受けることで、各条項が持つ法的意味の説明を受けることができ、どの条項が自社にとって不利な内容なのか、どう変更すると不利でなくなるのか、などについてアドバイスを受けることができます。そして、このアドバイスをもとに取引先と交渉し、契約内容を変更してもらうことで、自社に不利な契約の締結を回避することができます。

より深く契約内容を理解できるという側面も

もっとも、取引先との関係を維持していくためには、多少不利な内容であっても契約を締結せざるを得ないことも少なくありません。

しかし、そのような場合であっても、自社に不利な内容が含まれていることに気づかないまま契約するのか、それを知ったうえで契約するのかにより、契約締結後の対応が変わってきます。

自社に不利な内容が含まれている契約であることが分かっていれば、より慎重な対応をとることが可能となり、契約違反にならないよう対処することができるからです。

いざ裁判になると最重要の証拠の一つに

契約書は、取引先との間で紛争が生じ、裁判になった時の重要な証拠となります。契約書の内容が不十分で、契約内容が不明瞭であると、当事者間でどのような合意がなされていたのかを特定するために多大な労力と時間が必要になります。

しかし、契約書の作成に弁護士が関与し、内容が明瞭かつ必要事項が網羅されている契約書が作成されていれば、契約内容を特定するための労力や時間は不要となり、裁判に要する労力と時間を削減することができます。

組織の法務能力アップという副次的な効果も期待できる

さらに、弁護士と協働して契約書を作成することで、法務担当者の法的リテラシーが向上することが期待できます。適切な契約書を作成するには、広範な法的知識が必要となりますので、一朝一夕に契約書作成能力を身につけることは期待できません。

しかし、契約書作成にあたって弁護士がどのような点に留意するのか、自社の懸念事項に対してどのような条項を作成するのかを見聞きしているうちに、契約書作成の勘所をつかめるようになります。契約書を作成するには法的知識だけでなく、当該事業の実態を把握している必要があります。事業実態を把握している法務担当者が、法的リテラシーを高めることができれば、会社全体の法務能力の向上につながります。

③弁護士に依頼する場合のポイント

弁護士は法律の専門家ですが、依頼者の業務内容やその業界の実態に精通しているわけではありません。適切な契約書を作成するためには、法的知識だけでなく、事業の実態やその業界が置かれている状況など様々な事情を把握する必要があります。しかし、弁護士が自ら調査して依頼者の事業実態などを把握することはできませんので、このような情報を的確に弁護士と共有することが重要となります。

また、過去の取引や同業者の取引実態などから、当該取引で押さえるべきポイントがあれば、これを契約書に反映させる必要があります。しかし、このような情報を弁護士自らが取得することも困難であるため、依頼者から情報提供を受ける必要があります。

さらに、過去の契約との整合性が問題になるのであれば、過去の契約についての情報提供も受ける必要があります。

積極的な情報共有が何よりの決め手になる

弁護士に契約書の作成や確認を依頼する場合には、弁護士に任せたから自分は何もしなくて大丈夫、というスタンスで臨むことは避けましょう。弁護士をよりよい契約書を作成するためのパートナーとして捉え、積極的にコミュニケーションをとることで、自社にとって最適な契約書の作成が可能となります。