続が発生したとき、亡くなった人(被相続人といいます)の財産について、①マイナス財産も含めて全て引き継ぐのか(単純承認)、②それとも全て拒否するのか(相続放棄)、あるいは③相続した財産の範囲内のみで責任を負うのか(限定承認)、相続人が好きなものを選択できると、民法は定めています。
このことについては、ご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、後述のようにどういう選択をするのかを検討できる時間が短いことや、様々な注意点を見落としていて不本意な決断をしてしまい、トラブルに発展してしまうことが少なくありません。
そこで、ここではそれぞれの選択肢の概要と、知っておきたい注意点について説明します。
熟慮期間
相続の承認か放棄かを選ぶことができる期間を「熟慮期間」といいます。この熟慮期間について、一般的には「相続開始があった時から3か月以内に決めなければならない」と理解されています。
しかし、いくつか注意すべきポイントがありますので、以下で説明します。
厳密には起算点は死亡日ではない
「相続開始があった時から3ヶ月以内」といわれていますが、この「3か月以内」とは、どの時点から3ヶ月なのでしょうか。
この起算点(カウントが開始される時点)については、亡くなった日から3ヶ月かな、とイメージすることが自然であり、実際に多くの場合はそれで問題ありません。
しかし、実は厳密には亡くなった日からではなく、「自分が相続人になったと知った日」から、カウントが開始されます。
例えば、相続放棄があった結果として次の順位の法定相続人が相続人になった場合では、次の順位の法定相続人が前の順位の相続人の相続放棄を知った時が起算点となるわけです。
後から借金が発覚した場合はどうなるの?
では、相続人が相続放棄をしないでいたところ、3か月以上経った後に亡くなった人に多額の借金があったことが発覚し、相続人が債権者からその返済を求められたという場合はどうでしょうか。この場合、すでに3ヶ月以上が経過してしまっているから、もう相続放棄はできないのでしょうか。
この場合、3ヶ月を経過してしまっている以上、原則として相続放棄はできません。
しかし、裁判所は例外として、「相続財産がまったくないと思っていたが、通常の注意では借金があることを知ることができなかった」など特別な事情がある場合には、借金などの財産の存在を知ったときから3ヶ月をカウントし始めてもいいと判断しています。
ただ、この例外的な特別な事情があるかどうかについては、判断が難しい場合も多く、慎重な検討が必要になります。このケースでの対応については、弁護士などの専門家の判断を仰ぐ方が確実でしょう。
熟慮期間を延長してもらうこともできる
亡くなった人の財産の調査に時間がかかったり、他の相続人と連絡が取れないといった事情があれば、家庭裁判所に申し立てをして熟慮期間を延長してもらうことができます。ただ、この申し立てについては、もともとの熟慮期間(相続開始を知ってから3ヶ月以内)に行う必要があります。
この延長期間は通常3か月が目安ですが、事情によってはそれ以上に長く認められるケースもあります。
大規模災害などにより一括で延長される場合もある
また、例外的なケースとして、大規模災害などにより法令によって熟慮期間が一括で延長される場合があります。
例えば、2020年7月の九州地方での集中豪雨に対して、政令で指定された地域に住所を有する相続人について、熟慮期間が一括で延長されました。
単純承認
相続が始まってから3ヶ月以内に何の手続きもせずに過ごしてしまうと、亡くなった人の財産をプラスもマイナスも全て引き継ぐことになります。これを単純承認といいます。
また、まだ3ヶ月経っていない場合でも、相続財産を勝手に処分したり隠したりすると、自動的に単純承認したとみなされてしまいます。これを法定単純承認といいます。この法定単純承認に当てはまってしまうと、それ以降は相続放棄ができません。
法定単純承認とみなされる主な行動例
相続人が取りがちな法定単純承認とされてしまう行動について、具体的にまとめると次のように言うことができます。
- 亡くなった人の財産を勝手に売ったり、預金を引き出したりすること
- 亡くなった人の財産を隠したり、自分のために使ったりすること
ただし、一見するとこれらの行動に当てはまってしまう場合でも、法律的には法定単純承認にはならないこともあります。実際によく問題となる事柄について、以下で説明します。
常識の範囲で葬儀費用を亡くなった人の預金から支払うこと
相続人が、亡くなった人の預金からその葬儀費用を支払ったり、仏壇や墓石等を購入する場合、その金額が常識の範囲と言えるものであれば、法定単純承認には当たらないことが多いです。
というのも、亡くなった人のために葬儀を行ったり、墓石を買ったりという最低限のことは、あくまで亡くなった人のために管理や整理をしているだけと判断できるからです。
ですので、常識とは言えない金額の葬儀代や、豪華絢爛な仏壇を購入したりした場合には、単純承認だとされてしまう場合もあります。
資産価値の低い遺品を形見分けすること
遺産の中で経済的に重要でない思い出の品などであれば、これを形見としてもらっても単純承認にはならない場合があります。ですので、亡くなった人の写真や手紙を数枚もらうぐらいなら、通常は問題とならないことが多いです。
ただし、形見分けなら全てが認められるわけではなく、ある程度資産価値がある物の場合には、認められないことも多いです。
例えば、遺品のほとんどを形見分けとして自宅に持ち帰ったり、経済的な価値が低いとは言えない美術品としての茶碗やペルシャ絨毯など持って帰ったりすると、法定単純承認になってしまう可能性が高いでしょう。
限定承認
限定承認とは、相続財産の範囲でだけ亡くなった人の借金を払うという制度のことを言います。つまり、引き継いだ財産の範囲の中で借金を返済すれば、それ以上の返済はしなくていいということです。
ここだけを聞くと、一見便利な制度のように聞こえますが、実際にはほとんど利用されていません。例えば、2024年には相続の放棄が30万件以上あったことに対して、限定承認は690件に過ぎません。
では、なぜこれほどまでに使われない制度になってしまっているのでしょうか。限定承認の問題点を以下で説明します。
相続人の全員の合意が必要
使われていない理由の1つ目は、限定承認は相続人が全員共同でしなければならないとされていることです。
相続人の間で対立があったり、住んでいる場所が遠く、なかなか連絡が取れない相続人がいると、3ヶ月という熟慮期間内に限定承認の合意をすることは現実にはかなり困難です。
また、相続放棄をした人は相続人から外れますが、その結果として新しく別の人が相続人になることもあり、やはり相続人全員の合意をこの短期間で整えることは容易ではありません。
手続きと事務処理の負担が重すぎる
使われない理由の2つ目は、限定承認をすると、相続人は多くの手続きや事務処理をしなければならなくなり、その負担が非常に重いという点にあります。
具体的には、限定承認がなされると、家庭裁判所によって相続人の中から清算人が選任されます。そして、この清算人は相続債権者などを探す公告をしたり、債権者に対して債権額の割合に応じて弁済をしたりと、多大な事務処理をしなければならなくなります。
もちろん、この事務処理を全て弁護士に委任することもできます。しかし、事務処理の量が多い以上、どうしてもその費用は比較的高額になるうえに、時間もかかることが多いです。
限定承認にはこれらの事情があるため、この手間に見合うようなケースはそれほど多くなく、結果としてあまり使われない制度になってしまっているわけです。
相続放棄
相続放棄とは、亡くなった人のプラス財産とマイナス財産について、受け継ぐことを一切拒否する制度です。この相続放棄をした相続人は、初めから相続人ではなかったものとみなされます。そのため、その放棄をした人の子や孫にも相続は引き継がれず、結果的に他の相続人の取り分が増えることになります。
ここでは、この相続放棄でよくある注意点を説明します。
相続放棄は家庭裁判所への手続きが必要
相続放棄は、口頭で「放棄します」と伝えたり、「相続を放棄します」と書面に一筆書いても、法律上の効果は一切発生しません。
有効な相続放棄をするには、必ず家庭裁判所に対して、「相続放棄の申述」という手続きをする必要があります。
実際には、夫が亡くなった時に妻が相続放棄を強要されたり、長男以外の子が相続放棄を強要されたりするケースが、未だにあります。
しかし、こうした圧力のもとで書かされた「相続を放棄します」という書面には法的な効力がありません。ですので、「あの時に一筆書いてしまったから…」と諦める必要は全くありません。
放棄の無効を争ったり、取り消せる場合もある
先述したとおり、放棄の効力が生じるためには家庭裁判所への相続放棄の申述が必要です。しかし、申述されてしまったら絶対にその効力を否定できないのかというと、そうではありません。
例えば、認知症や判断力がない状態で放棄の申述をしてしまった場合は、裁判所にその放棄の無効を申し立てることができる場合があります。また、騙されて相続放棄をしてしまった場合には、その相続放棄の取り消しを申し立てることも検討できます。
ただし、取り消しについてはできる期間が限られているので、注意が必要です。
相続の承認や放棄は大きな分かれ道
相続の承認や放棄は、その判断を誤ると大きな不利益を被るおそれがあります。特にこの分野は法律的な知識や考え方が必要となるため、弁護士などの専門家への相談が有効な分野です。
「家族が亡くなったけど、今後どうすればいいかよくわからない」、「相続しても大丈夫か不安だ」と思われている方は、原則3ヶ月以内に決める必要があるという期限があることから、できる限りお早めに弁護士にご相談ください。
